Booklet 6-1

千葉市詩話会-6-1

〈千葉市詩話会〉詩話会冊子 6号より

夜のアプローズ     

バラの季節
五月というのにバラ園に行けない
なので バラを一本だけ取り寄せた

その名はアプローズ
青いバラ
かつては不可能の代名詞
二十世紀の夢のバラ
その夢がかない
今では取り寄せもできるけど…

初めて目にする青いバラは
パープル
薄紫にちかい色
夜明けの空を思わせる
青の始まり
花の形は程よく整い
みずみずしい香りが漂う
まずは青の遺伝子が開花した
アプローズ

この一本の花は
花開くこと一度もなく
老いてしまった自分へのプレゼント
青いバラ
アプローズ
夜 かすかに香る
まるで遠い日の喝采のように

この一本の花は
花開くこと一度もなく
老いてしまった自分へのプレゼント
青いバラ
アプローズ
夜 かすかに香る
まるで遠い日の喝采のように

               アプローズ=喝采 拍手 賞賛の意
               サントリー作出の遺伝子組換え生物

    


貝殻      長沢矩子

子供が貝殻を拾った
もう片方が見つからない
辺りは暗くなっていく
貝の片割れは見つからない
誰も迎えに来てくれない

陽が沈み
陽が昇り

いつか子供は大人になった
海は広くて大きくて
楽しく過ごしていたけれど

陽は沈み
陽は昇り

寄せては返す波打ちぎわ
老いた子供が探している
もう片方の貝殻を

 

言葉

言葉がどんどんやってくる
こぼれそうにやってくる
手放しで喜んでいると
言葉はくるりと後ろ向き
もと来た方へ行ってしまった

さようなら

手を振ろうとしたら
手が無い
気が付くと
わたしも居ない

誕生     大掛史子

古い火鉢の水底
横たえられた植木鉢を覆う藻の中に
点々と無数の小さな眼
言葉の卵たちが待っている
大気が暖まり水がぬくむのを
ふいに二つの眼が揃って動く
藻を離れ言葉は誕まれる
眼だけで泳ぎながら言葉は探る
見なければならない真実
捉えなければならない形
輪郭を与えなければならない意志
ひたすら泳ぎながら
詩想といわれる心柱を見たような気がしたとき
言葉は初めて
尾も鰭もある自分に気づいた

 

       

地中、奥深くにあること     片岡 伸
         

母屋の縁の下の砂地に、アリジゴクが棲んでいた。
漏斗状の砂の巣のなかに、摘まんで蟻を入れると、
小さな蜘蛛に似た身体をのぞかせ、パッ、パッと砂
を掻き出して、蟻を引きずり込んだ。息を呑んで、
それを見ていた。それだけしか 見ていなかった。

寺の広場の固い地面に、一ミリほどの穴が、地中に
向かって たくさん空いていた。どれほどの深さだ
ったのかは分からないが、その穴に、ニラの葉をつ
み、五センチ?ほど突っ込んで、釣るようにゆっく
り引き上げると、小さな虫が食いついてくる。僕ら
はそれを、ニラムシと呼んだ。おもしろくて夢中で
やった。

これも 寺の仁王門の脇でのことだが、境内を飛び
交うトンボを捕虫網でつかまえ、その翅をちぎり、
土手に掘った小さな横穴に 木の枝で閉じ込めた。
トンボの大きな目は、青空のように澄んでいた。
僕は その目を無表情に覗き込んだ。

(子供のころ、毎日 そんな遊びを繰り返しながら、
気付いたら、いつの間にか大人になっていた)

半世紀以上も前のことだが、忘れ去られた あの虫
たちは、いったい どこに消えたのか。僕の記憶と
同じように、深い土の下、暗い地面の奥底に埋もれ
たままなのか。
であれば、いま すぐにでも掘り出して、抱きしめ
てやらねばならない。

      *アリジゴク:ウスバカゲロウの幼虫。
        *ニラムシ:ハンミョウの幼虫。

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