《千葉詩話会》実施 報告 F

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……2020年 2月(第101回) 

2月15日の会は嵯峨恵子詩集『旗』を読む予定でしたが、嵯峨さんが急な病気のため出席できず
詩集合評は延期することとなりました。嵯峨さんがお元気になられるのをお祈りします。
 出席者は新型コロナウイルスのこともあり少なめでしたが、久しぶりな顔もあり、
それぞれに意欲的な作品が多く、合評は丁寧に時間をかけて行うことができました。
その一つを掲示します。

   「九十九里、夜の底」石井真也子

   幼い頃 病弱だった
   よく窓際に座り回復期を過ごしていた
   古い井戸 その先に甘夏の木 それから
   チャボの居る鶏小屋
   そして神社の雑木林が見えるそこには
   季節ごとの花が咲く
   タチツボスミレ 野アザミ ヒメジョオン 野萱草 彼岸花
   そこの世界がすべてで
   昼間はその先に何があるか何も考えなかった

   暗い電灯が夜になると灯り
   大根の味噌汁と白菜のつけもの
   鰯の丸干しとチャボが
   庭の薪の上に密かに産み落とした卵を食べた
   ラジオを聴いていた
   わけあって姉は離れて過ごし
   父は下町に事業を起こし
   母と二人だけで過ごすことが多かった
   里の秋の歌を二人で小さい声で歌った

   静かな静かな里の秋
   お背戸に木の実が落ちる夜は 
   ああ母さんとただ二人
   栗の実にてますいろりばた

   明るい明るい星の空
   鳴き鳴き夜鴨の渡る夜は
   ああ父さんのあの笑顔
   栗の実食べては思い出す※

   たまに夜我が家を訪れる
   近所の大家族の女の子が
   「こんなに静かな家は怖いわ」
   と言ってすぐに帰って行った

   夜中に太平洋の風が九十九里を
   そして夷隅川を渡り川淵を
   上がり洞窟のような坂を
   あがり江場土神社の木々を
   超えて海鳴りがはっきりと
   私の枕元にあった
   夜私はその暗い遠い深い世界の底の声を
   聴くのだ
         ※「里の秋」斉藤信夫作詞

  

合評作品


時女礼子「お母さんありがとう」、長沢矩子「昨日」、村上久江「ひっそりと傾いで」、
結城文「コーヒーを飲む間の空」、野村俊「冬の日差し」、石井真也子「九十九里、夜の底」、
樋口冨士枝「手紙」、朝倉宏哉「草原橋改修工事」、根本明「墓参」、
秋葉信雄「俳句四作・東京の虹と波と雲と」、翔「カッパで一杯」

 

……2020年 1月(第100回) 

朝倉宏哉さん詩集「叫び」(2019年11月29日発行)を読む

 

千葉北西部で千はこの冬はじめての霙でしたが1月18日に朝倉宏哉さん詩集「叫び」を読み
それぞれの思いを汲みました。
会は早めに終わりましたが暖くなった気持ちを持ち帰途につきました。下記、そのお話の一部です。

「いろいろなお別れがあった。それを日常の流れの中で自然な形で書いている。」
「作者の誠実さに深く触れる詩篇である。」「どのページから読んでも読み応えのある詩集」
と朝倉ファンの声。

皆様の印象に残った詩篇は;
「冬牡丹苑」「空蝉」「勅勒の川」「てぶくろ」「二〇一六年八月六日の詩」「緋鯉」「幽霊船」「青い男」「爪」
「負けました」「蝉」「階段」「詩人の別れ―山佐木進氏に」「叫び」です

と書いていくとほとんどの詩になりますが。お別れとその人との記憶と証、言葉を大切にしてきた
ご自分を問う詩集です。
どこから読んでもすっと入っていける詩集です。ほんの一部をご紹介します。(石井真也子・記)

 

   詩集「叫び」

    「冬牡丹苑」より

   大雪の後の牡丹苑では
   ひとは花の精気に酔い
   そぞろ歩き 立ちどまり
   凛々と咲き競う花たちと
   密やかに言葉を交わす

     中略

   冬牡丹苑では
   永遠と一瞬が調和している
   言葉と詩が影踏みしたり隠れんぼしている
                     

……………………………………………………

 「幽霊船」より

   靄のなかにたしかに見える
   船状のもの
   漂っている
   潮に流されている
   エンジン音もなく
   人声もなく
   異様な静けさが
   波浪に翻弄されている
   客船なのか
   漁船なのか
   貨物船なのか
   靄が絡みつく舟影から目を逸らすな
   いつ
   どんな港を出て
   どんな海峡を抜けて
   どんな大洋を渡り
   目指す港はどこなのだ

     中略

   ボロでもいいから帆を高く張れ
   積み荷は
   生活用品のように見えるものか
   言の葉のように見えないものか
   積荷とバラスト水でバランスをとり
   針路を定めて
   時化の海をゆっくりと往け
   帰るべき港が
   とおいところで靄につつまれていようとも

               

……………………………………………………

     「蝉」より

   言葉を探して歩いていたら
   言葉の代わりに
   仰向けになっている蝉をいくつも見つけた

     中略

   落ちた蝉は拾いあげ
   木の幹や枝にしがみつかせる
   生きているから
   生きている姿勢をとらせる

     中略

   アブラ蝉 ミンミン蝉  ツクツクボウシ カナカナ
   の声で
   言葉の産声が
   両手のひらから聞こえてきた

 ●合評作品

  

秋元炯「喜助の背中」 白井恵子 「秋の森道 」樋口冨士枝「赤ちゃん」「欲張りな婆ちゃん」
野村 俊 「栗山川の母子」  山本光一  「幼き日々」 翔「一二月一七日の鳥人」
松田悦子「『イブの夜』 マックに座る」  石井真也子「冬の夜そして朝」
 秋葉信雄作曲歌 「ひとり道・並木道」 
(出席者    嵯峨恵子  池田久雄  船木倶子   長沢矩子)

 

 

……2019年 12月(第99回) 

村上久江詩集『遠くへ 村上徹追悼詩集』(詩泉堂刊)を読む……

 12月21日は村上久江さんの詩集を読みました。ガンを発症したご主人を16年にわたって介護し、
見つめてきた日々を昇華させた詩篇です。夫への深い愛情と切なさ、悲しみが良く伝わってきます。
それとともに一歩引いて客観的に描いていること、詩人としての強い精神に貫かれているとの評価が

ありました。

自分、男、息子、さらにはガンまでいくつもの目を通して描いているのが特徴的です。
また発表時の詩から推敲を重ねて飛躍的にすぐれた表現となっているとの指摘に多くの賛同が
ありました。感情の大きさとともに、詩人としての強い覚悟をもって練り上げてあることが共感を
呼ぶのだと思います。
強く感動させられた詩篇として「ひたすらに」「春はもうすぐそこ」「今ひと雫の己に」「見果てぬ里へ」
「愛しい日々へ」「初もうで」などがあげられました。    (出席17人)

村上久江さん(右)、松田悦子さん

詩集より 「愛しい日々」

   時が流れる
   昨日は去り
   今日また新たなる
   いち日の始まり

   男がパソコンを開き
   日日をついやし書き込んだ
   闘病の記録
   ふたたび引き出しまとめている

   男の身体のなかに巣くった病
   男の喜びも哀しみもすべてを揺り動かした
   その病の果てのゆるやかに

   ああ 男よ人よ
   あなたは今日この日まで
   何を成し 成し得たというのか
   ひとすじ人の道を歩みつづけて

   わたしはペンを持つ人
   詩を書く人
   詩を生きる女
   男の切なさを一篇の詩に
   昇華させたい

   男とわたし わたしと男
   人は人と共に在りたいのです
   それは一本の棒のごとき儚い
   この世に生を享けたものの 精一杯の知恵

   共に歩みつづけた日日に感謝して
   男よ わたしはあなたに何を贈ろう
   何を語ろう
   千万本の薔薇の花束に値する
   涙を静かに流す

〇合評作品

寺園梛央「Dec. 5th 2019」、松田悦子「律子さんの『かおりうちわ』」、野村俊「こたつ」、戸村茂昭「蘇ったルーツ」、
朝倉宏哉「赤いランタン――台湾の旅で」、樋口冨士枝「味噌のご機嫌」、白井恵子「椅子」、
石井真也子「そうしてその季節はいくつも巡った」、岡田優子「オアシス」、翔「晴れた日に」、
大掛史子「伊勢物語逍遥(その十四)二十四、梓弓」、秋葉信雄「Paradise in jail」、
根本明「そして夜が明ける」、秋元炯「木の実の首飾り」

 

……2019年 11月(第98回)

中地中詩集孤高のニライ・カナイ』について ……


 中地さんの詩集は久高島を主題とする詩篇(1部)と、沖縄の祭祀を考察した論集(2部)
からなる366ページの大著。執筆の動機を氏は

①久高島には本土のように寺院や偶像に祈るのではなく「神仏に直接祈る祭祀形態」があり、

「島民の利他主義ともいえる行動規範」という我々が忘れさった人間性に触れえた、

②我々の言語に毒された日常生活を見直し、思考の原理を見出したい、という。
ニライ・カナイ」とは理想郷のこと。久高島は斎場御嶽(うたき)のなかで高く位置づけられる
神の島だが、沖縄戦では斎場も村も徹底的に破壊された。風土も習俗も存続が危うい。
そのこともタイトルに込められているようだ。

 詩篇「神女の謡が聞こえる」の冒頭の「明もどろの花 咲い渡る」を朗読。
これは祭祀習俗とそれを担う神女(巫女)の心や作者の思いを琉球の語やリズムに乗せて語る作品。
出席者の感想は、久高島に私有地がないのは縄文時代との共通性を思わせる、
沖縄文化の由来を考えさせる、風葬などの習俗にしっかりと向き合って描いている、
沖縄の現況を含めて考えさせてくれる詩集だ……など。
中地さんの膨大な詩と思想への情熱が結実した詩集といえそうだ。

  

   幽玄の情景がかすむ空間(この杜の繁み)は
   桃源郷を映しているのか
   クロツグが繁茂し
   緑陰の繁茂する祭場
   エーファイの呪歌に驚喜し
   神霊の憑依と歌舞する神女
   今 この刹那は生にあると
   悠久の時に同化する絶頂の歓喜が
   心身を雷電して麻痺する
   しかし すぐさま
   賛美する時は割れ
   島に生きる(ひっそりと生をおくる)ものの
   虚空のエロスが露見する


             (「明もどろの花 咲い渡る」部分)
               (司会・松田悦子、出席・11人。根本明・記)

中地中さん(手前)と朝倉宏哉、野村俊、樋口冨士枝の各氏

〇合評作品

根本明「横たわる男」・秋葉信雄「The tiny trip(ちっぽけな旅)」・翔「ゲルベゾルテの香り」・
長沢矩子「命令はいや」・岡田優子「うろこ雲」・村上久江「一輪挿しのような」・
樋口冨士枝「もがき」・朝倉宏哉「狸サン」・松田悦子「雨に立つ女の子」

 

……2019年 10月

  「コミュニティまつり」の中での現代詩講座と詩画展 詩話会(第97回)………………
   
 「コミュニティまつり」に千葉県詩人クラブと合同で参加

 
 10月19日の詩話会は千葉市中央コミュニティーセンターで開催された「第41回コミュニティまつり」に
参加する形で行った。昨年に続き千葉県詩人クラブとの共催となる。
午前10時から6階の講習室5でパネルに詩画――詩と絵、カットを組み合わせた額、書、油絵などを展示し、
詩集も飾った。祭りに参加した親子連れをはじめ多くの見学者に詩画の説明や詩について紹介した。
パネルの後ろでは11月4日に開催される詩人クラブ秋の詩祭での詩劇「宮沢賢治の一生」の
リハーサルを行った。


 13時~ 結城文詩集『ミューズの微笑――ヨーロッパ点描』を読んだ。
                                                                                                              司会は石井真也子さん。   
 観察が細かく、表現に無駄がない。知的で少女的な好奇心が満ちる。
 飛行機からの観察詩に独自性。「夜空のカンバス」など北欧の作品が冴える。
「ストーンヘンジの鴉」「アイルランドの流れ星」「マルクスのまぼろしの椅子」 「静謐の極み」
「踊るムーミンママ」など全体に評価が高く、強い印象を残す優れた紀行詩集である。


 「夜空のカンバス」 (最終連)


   オーロラの光は
   月よりも暗く
   二月のアイスランドの雪原に
   凍てつく指先に耐えながらたつ私に  
   かつてこの世にいた懐かしい人々の息吹を
   薄い白い砂のように
   天のわずかな狭間にゆらめかす
   なにか得体のしれない合図を送りながら――
   いやそれは
   ローマ神話の曙の女神アウロラの裳裾
   いやそれは
   北欧神話のワルキューラの甲冑のきらめき
   この清浄な月光の雪原のドーム
   暗い夜空のカンバスに
   誰の手か
   奔放に描き続ける絵筆の
   オーロラ

  14時~ 現代詩講座 大掛史子さん平成の明かり美智子さまの詩魂


 午後2時からホールに移り、大掛さんによるDVD『降りつむ――皇后陛下美智子さまの英訳とご朗読』の紹介。
長瀬清子、新川和江、まど・みちおらの詩の英訳で、美智子上皇后の多方面での教養、
とりわけ英文学への造詣の深さと、日本の詩を広めてきた業績を讃えた。
原詩を大掛さんが、英訳詩を上皇后と長年翻訳活動を共にしてきた一人である結城文さんが朗読した。

  

 ………詩画展、講座、詩話会を通じての一般参加者が多く、全体を通じて参加者は29人となった………

●15時〜 朗読作品

石井真也子「そうしてその季節はいくつも巡った」・白井恵子「そらを見上げる」・
朝倉宏哉「夜光杯」・上手宰「おかしの缶」・岡田優子「弓取りごっこ」・秋元炯「めだま」・
山中真知子「いちじく」・長沢矩子「明日」・
井田三夫「テオフィル・ド・ヴィオー詩『Mdel氏の、父上の死について』」・村上久江「時の駅」
・太田奈江「風に乗って」・松田悦子「めおと橋」・結城文「電波の歌」・宮武孝吉「亀」

  

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