〈千葉市詩話会〉 実施報告 B
……4月・詩話会(第81回)………………………………
■テーマ:4月21日の会では根本明さんによる「愛と歌に生きる―鎌倉の旅日記『とはずがたり』と『十六夜日記』」という話でした。
『とはずがたり』は後深草院二条が記したもので、男性遍歴を赤裸々に記した宮廷編と
出家して全国を巡る旅日記からなる。その紀行編を。
『十六夜日記』は阿仏尼という、藤原定家の嫡男・為家の後妻がわが子の領地争い(歌道の本家争いでもある)のため
鎌倉をめざしたときの東海道の旅日記。
同時代の歌人であり、若くして出家したという共通項をもつ二人の日記を読み比べて、それぞれの原文と短歌を味わい、
中世のふたりの魅力的な女性歌人に思いを馳せました。参加16人。
■詩の朗読 詩の発表と合評。
◇朗読作品
・秋元炯「蒼い貌」・大島千世子「メモ―母へ」・池田久雄「出世の階段」・長沢矩子「ハイ イイエ」・
野村俊「古い歌を聴きながら」・村上久江「民は御国の子と」・おさや川静子「馬と私」・翔「愛馬行進曲」・
黒田忠也「演劇無常」・山中真知子「Ⅾポット」・白井恵子「やぶ椿の落花ひとつ」・樋口冨士子「手編みのベスト」
・大掛史子「メンデルスゾーンに包まれて届いた天国」・岬多佳子「花の頃」
……3月・詩話会………………………………
3月17日の会は出席17人で秋元炯さんが司会。
翔さんの第1詩集『くじら飛べ』(七月堂刊)を読みました。
「鯨の海」詩篇をはじめ、古代と現代を行き来する批評性とユーモアに富み、
リズム感あふれるスケールの大きな詩集。
深い学識と多くの情報の上に揺るぎない作品を構築しているとの賛辞があり、
たくさんの作品が好感をもたれ、支持されました。
↑ 翔さん(左)と秋元さん
詩集はⅠ章に捕鯨文化に焦点を当てた〈鯨の海〉詩篇、
Ⅱ章に「ゆまり記」「アクル王」など古代史と現代文明を批評的に重ねるものや、「花の伝説」など情感に富む詩篇、
Ⅲ章は「レオナルドの見果てぬ夢」「原潜クモガクレの密やかなミッション」「アホウドリの歌」など
第二次世界大戦や現在の兵器・軍事等を描いて危機を訴える詩篇が中心です。
テーマは多岐にわたりスケールが大きく、批評性とユーモアにあふれるきわめて個性的な詩集です。
参加者の意見は、
・〈鯨の海〉詩篇は多くの人に好評でした。作品「クジラのふとん干し」を上げる意見も。
・熱心な取材と勉強の成果。多くの情報を整理して思わぬ融合がなされている。
▪️シンプルな装丁に好感。教養・学識の広さにも関わらず面白く書く力や、資料渉猟の盤石さが作品を揺るぎないものとしている。
また作者の少年のような瑞々しさが詩集に美と哀しみを与えている。
・「白い名刺」「椎坂峠」「雨のミロンガ」「天平の箜篌」「なぜ」「バニシングポイント」「つるん」など多くの作品が好評でした。
●詩集『くじら飛べ』より
「天平の箜篌(くご)」
朝の光りのなかに
そっと立てかけた天平のハーブ
遥か西域から
旅の駱駝の背に揺られて
絹の道をはるばると
呉絲蜀桐(ごししょくとう)二十三絲(し)
いま奈良の都に
鳴り響く
唐土の空から李憑(りひょう)が和すれば
池の蓮(はちす)は調べに涙し
飛天の群れはそよ風に舞い戯れる
ああ光明子(こうみょうし)が光に抱かれて眠っている
駆けめぐる黄金のカデンツァ
高音域は澄み渡って清く
低音域は胸に響くよ
日が暮れて
奈良の街に鐘が鳴る
正倉院の薄明かりに包まれて
箜篌はいまひっそりと横たわっている
※箜篌 古代の竪琴。正倉院に残欠二張
呉絲蜀桐 中国唐末の李賀の詩に「呉絲蜀桐」 呉の絹糸と蜀の桐で作った箜篌の名器
李憑 李賀の詩に歌われる唐代の箜篌の名手
光明子 光明皇后の通称 正倉院の創設に深く関わる
カデンツァ ハープなどの独奏楽器が即興的に演奏する部分 「花のワルツ」冒頭など
■3月の会合評会作品
・秋元炯「虎を撃つ」 ・翔「ホワイトアウト」 ・野村俊「その越年草」 ・朝倉宏哉「てぶくろ」 ・樋口冨士枝「竹やぶ」 ・
石井真也子「風巡礼」 ・長沢矩子「幸せ?」 ・池田久雄「パリの思い出(1)」 ・秋葉信雄「早すぎた春」 ・
大掛史子「伊勢物語逍遥十四、くたかけ」 ・岬多佳子「閾値、春」 ・
結城文「未来は近づいている」 ・松田悦子「阿呆ツラの木」 ・寺園梛央「あめりかふうけい(シリーズ)Mar.09,2018」 ・
根本明「胚胎」 ・岡田優子「迷い猫」 ・黒田忠也「翔さん 詩集『くじら飛べ』に寄せて」
……2月・詩話会………………………………
2月17日の詩話会は講話がなく、参加作品の合評に力を入れました。出席者は15人。
なかでも好評だったのは樋口冨士枝さんの「図書館への道」。
図書館から本を借りてスキップしながら帰っていくという作者の弾む心が伝わってくる素晴らしい作品。日常を誰にも分かる言葉で
独自の眼で写し取り、共感を呼ぶものでした。
また朝倉宏哉さんの「大雪の翌日」。亡くなった友人を小学生以来の思い出を重ねて構成した追悼詩。朝倉さんは多くの追悼詩を書いていますが、
これも詩の巧みさが友人への哀悼の気持ちがより深く伝わってきました。
白井恵子さんの清澄な作品「『森へ』行く夜」、
『今昔夢想』の世界から新しい表現へと試みた、秋元炯さんの作品「星めぐり」など、2月の会も充実した作品ばかりでした。
■発表作品
根本明「邯鄲ならぬ」・早藤猛「赤く丸いポスト」・Nobuo Akiba「(誰も教えてくれなかった)」・黒田忠也「奥義」・
翔「九十九里海岸 波乗り道路」・長沢矩子「終わってから」・村上久江「涙の分量」「初詣」・岡田優子「小寒」・
石井真也子「青い矢車の花」・朝倉宏哉「大雪の翌日」・野村俊「木」・白井恵子「『森へ』行く夜」・
樋口冨士枝「図書館への道」「靴下」・秋元炯「星めぐり」・松田悦子「告別」・寺園梛央「あめりかふうけい(シリーズ)Jan.30,2018」
〇朝倉宏哉「大雪の翌日」
大雪の翌日
老犬ポチと散歩に出ると
興奮して駆けまわり
おしっこで
一筆書きの地図を描いた
不意に思い出す
雪国のふるさと
小学六年の下校時だった
おれと友は雪の上に立って
ヨーイ ドン
おしっこで好きな女の子の名前を書いた
名前は一致した
友の字は習字のお手本のように
見事だった
それに比べておれの字は
よれよれよれの情けなさ
ゆえに彼女を友に譲った
高校まで一緒だった友は
自衛隊員になり
板金工になり
棟梁になり
十三年前の秋 死んだ
葬儀でおれは弔辞を述べ
息子さんは立派な墓を建てた
中学まで一緒だった彼女は
バスの車掌になり
看護婦になり
おばあちゃんになり
一昨年の夏 死んだ
娘さんから電話がきた
母はメモを残して逝ったと
そのメモに
弔辞は貴方にお願いしたいと書いてあると
葬儀の日はのっぴきならない先約があった
迷った末
弔電を送り葬儀に行かず
先約を果たした
そのことが悔いになる
時が経つにつれ消えるどころか
ずんずんずんずん積もってくる
オーイ 雪原に跳ねるポチよ
青春の血が蘇ったんか
大雪は世界を異次元にする
キラキラキラキラ
白いスクリーンが
まもなく八十になるおれの
忘却のかなたを映し出す
……2018年1月・詩話会………………………
■村上久江さん 「私の詩と短歌」
詩誌「回転木馬」などに参加して20年余の詩作活動をしてきた一方で、地元の短歌の会で短歌も作り続けてきた村上さん。
このお話では短歌に比重を置き、明治に短歌革新の流れをつくった正岡子規の文学や半生を辿りました。
正岡子規は1867年松山生まれ。歌論書『歌よみに与ふる書』歌集『竹の里歌』などを刊行、
『万葉集』を賞賛し俳句同様に「写生」を主張して後の「アララギ」派の先駆となりました。
「ホトトギス」を創刊して俳句の革新運動も主導し、晩年の随筆集『病牀六尺』などの名著を遺しました。
1月の詩話会では、また明治以降の啄木、白秋、晶子、茂吉など明治以降の「名歌60選」から参加者が好きな短歌を読みあい、
短歌と詩表現との関わりを考える契機となりました。
(Photo: いずれも岬多可子さん撮影)
■合評作品
秋元炯「猿神」、岬多可子「蛙枕」、大掛史子「伊勢物語逍遥(十三)武蔵鐙(むさしあぶみ)」、翔「雷丘(いかづちのおか)」、
池田久雄「理不尽」、太田奈江「初もうで」、岡田優子「緩やかなカーヴ」、石井真也子「友の恋歌矢車の花」、樋口冨士枝「正月二日」、
野村俊「古い万年筆」、松田悦子「猫のいる家」、朝倉宏哉「ついでに」、根本明「蛇に注意!」
〇岬多可子「蛙枕」(「夜想界隈」より)
小さく丸めて自分を抱えこむ夜具の裡だが、
闇の藍が滲みひろがるのにまかせ、ままよ。
開け放つこともある。すると乳濁の睡りがと
ロリと流れ出る。流出したあとの隙にはつけ
入る紫の尖った指があり、それに抗うのが五
毒。ゆわと熔ける頭や、ざぎと凝る心、載せ
る枕は耳の位置から地底まで竪穴で繋がり、
そこを通じて呼び寄せる、へびむかでやもり
さそりがまがえる。虹色のラメ系や冷たい繻
子布でさらに枕を飾りたて、守りを固める。
濡れた細い舌で火照る夢を舐める。静まって
こそ見える夢魔、毒は毒で制し、今は休まれ。
……12月・詩話会……………………………
12月は、秋元炯(あきもとけい)さんが11月に上梓された詩集「今昔夢想」。参加者全員で感想を話しました。
詩集のはじめに書かれていますように今昔物語を下書きにしていますが
「今昔物語の世界の中に飛び込んで、想像力を自分なりに
羽ばたかせたもの」です。
皆さん、「読者は『今昔物語』を読んでいなくともスビード感があり、詩で書かれた物語の中に引き込まれてしまいます」と言っています。
鬼、妖怪、女、男、子ども、猫、鳥、蛇、が出てきて大変楽しめる詩集です。(石井真也子)
■ 『今昔』を下敷きにしながらも物語を才気煥発、自由かつスリリングに展開させる素晴らしい詩集ですね。 (根本)
↑Photo 白井恵子さんより
詩集『今昔夢想』より
「 海難 」
(前篇…略)
海の彼方に尖った山のようなもの
息をするかのように蠢いている
あれは鳥山ですと誰かが云う
水面近くに来た小魚を鳥どもが狙っているらしい
ものすごい数の鳥だ
そうだ あの子には鳥を集める力がある
あの鳥山に近づいてみよ
船を近づけると鳥の数がますます多くなる
鳥が多過ぎてなかなか水面が見えない
鳥どもはなにか喧しく鳴きながら飛び回っている
さらに船を進める
鳥どもが群がつている中心あたり
丸く空いているところ
白い光の玉が浮かんでいるようにも見える
水面になにかいる
波の上に
立っておられます
なんと
倅がにこにこと笑いながら
水面からすっくと立ちあがっている
漕ぎ寄せると
その足元に巨大な蒼い影
海亀が倅を守って躰を支えてくれていたのである
船を寄せて小さな躰を抱き上げる
その途端 鳥どものつんざくような叫び
何千羽もの鳥が鬨 (とき)の声をあげたのであった
■ 詩の発表と合評
〈出席者〉
野村俊 石井真也子 樋口富士枝 白井恵子 朝倉宏哉 岡田優子 村上久江 太田奈江
早藤猛 長沢矩子 翔 黒田忠也 池田久雄 大掛史子 船木俱子 山中真知子 秋元炯
(以上17名)
……11月・詩話会………………………………
11月詩話会は講演なしの自由トーク、参加作品合評にたっぷりと時間をさきました。
出席者は16人でしたが、加藤圭さん(詩「オルフォイス」)や
アメリカ・シリコンバレーで幼子と新生活を送っている寺園梛央さんの作品参加
(詩〈あめりかふうけい(シリーズ)〉3編)もあり、
また優れて多岐にわたる表現ばかりで、にぎやかで充実した会となりました。
■寺園梛央さんの作品より
あめりかふうけい(シリーズ)
Oct. 1, 2017
make a London
make a London
こうまに乗りたい
いるかに乗りたい
今日はサトウのごはんでおむすび作ろう
航空便に乗せた炊飯器は大きく凹んで壊れたよ
make a London
make a London
きりんに乗りたい
かえるに乗りたい
あら、なんて綺麗なランチ!お肉入ってる?
いえ、でも小魚は入っています。それじゃあ食べられないわね
make a London
make a London
くじらに乗りたい
かぼちゃに乗りたい
私は食器を片づける
私はぴったり寄り添う
make a London
make a London
のりたあーい!
ああ、ああ、
これはmerry-go-round
遊園地のサーカステントに隠れて
make a London
お前はロンドンどんどん作る
make a London, make a London,
お前のひと回りごとに手を振るよ
可笑しな呪文が叫ばれて
無価値な音素に物語を与えん!
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