「千葉市詩話会・冊子12号」9-1  9-2)

 

伊勢物語逍遥 (その二十三)     大掛史子

  
                                         
七十六 小塩の山

二条の后が東宮(とうぐう)(後の陽成天皇)の母として
東宮の御息所(みやすどころ)と申し上げていたころ
大原野神社に参詣なされた
平安遷都の折春日大社より勧請された神社で
藤原氏である后が氏神を参拝されたのだった
近衛府にお仕えしていた既に老年の業平は
お供の人々が禄を賜るついでに
御息所のお車から禄を頂戴し詠み奉る

大原や小塩の山も今日こそは
神代のこともおもひいづらめ

この大原の小塩山にまします神さまも
東宮の御息所ご参詣の今日の日には
神代の昔の天孫守護のことをお思い出しになり
なつかしんでおいででしょう

暗に昔の自分と后とのことも深い嘆きと共に
思い起こしたのではなかったろうか

 

 

   片耳     秋元 炯


気がつくと 駅に向かういつもの道
朝靄がでて すべてがぼんやり見えている
水路脇の駐輪場を抜けて
水路の橋を渡ると もう駅はすぐそこだ

すると 靄の中から いきなり背の高い男
黄色い髪に青い目
全身からきな臭い焦げたようなにおい
上衣が血と泥で汚れている
特に左肩のあたりが真っ赤に染まっている
顔も血まみれ 左の耳がない
訴える目で見つめられて 逃げることができない
かすれた声で話しかけてくる
意味が全く分からない
覆いかぶさるようにして なおも話してくる
いや 言葉が分からないのです
男 手を伸ばしてくる
指の背に毛が生えた大きな手
もの凄い力で肩を掴まれる
やめてくれ
体をねじって抜け出そうとする
体が離れた
と思った瞬間
なにか手に握らされる
生温かい ぬめぬめするもの
握った手から血
手を開くと

切り取られた耳だ
あわてて振り落とす
その刹那
なにか 言葉
私の国を と小さく聞こえた
目を上げる
男の姿は消えていた
地面に 耳も見当たらない
あたりは静まり返っている
誰もいない路地
  
やっとのことで駅舎に着く
駅の中もやはり人の姿がない
カードをかざして 改札を抜けようとすると
改札口の向こうが真っ白だ
ここにも靄が溜まっている
大きくゆっくりと渦巻き
行く手に立ち塞がっているのである

  

   
                 <ウラミの朝>      秋 葉 信 雄

   

夏の朝
隣の朝鮮部落から
「マンセー マンセー」
の声が 響いた
その朝には 彼らは
知っていた
その日の昼には
イルボンの帝が
敗戦を 語ることを

イギリス人の父を持つ
少年は ドイツ人を装い
上海の裏街で 日系イギリス人の母と
よく聞こえない放送で
自分が育った東京を 想い出していた

ある青年下士官は
自分の出自を知らぬまま
ソ満国境で  ソ連軍の戦車と
対峙していた
関東軍上層部は
既に どこかに逃亡
を 図っていた

あれから セブンティ・セブン
皆 ヘブンで生き残っている
俺は 地獄に行って

本当の 「戦犯」を
『紙のタンク』で
追い詰めてやる
首を洗って 待ってろ!  


 

  

  白い靴
            朝倉宏哉

「キミが写っているよ」と言われて
覗いて見ると
写真の顔は高校同級生のMだった
「これは Mだよ」と言うと
本人がどこからともなく現れて
「ああ たしかにオレだ」とうなずいた

Mは小声で二言三言何か言って
ひとり旅にでも出かける風に
去って行く
その足に目を奪われた
ピカピカのまっ白い靴だったから

そこでハッと目が覚めた
床のなかで夢を反芻する
長らく会っていないMが
忽然と現れて挨拶?をして行った
lもしや 彼は死んだのでは?
そんな思いに捉われて起床した

おひる過ぎ
同級生Yから電話がきた
久闊を叙す言葉もそこそこに
「ところでMがね::」と言われたとき
訃報だと即座に悟った

Mは昨日亡くなった
通夜は明日 葬儀は明後日
新型コロナウイルス蔓延防止等重点措置中に付き
自宅で家族葬だと告げられた

はるかなる高校時代
抜群の画才を示して美大に進んだが
画家にならずに生を終えたMよ
まぶしいほど白い靴を履いて
飄然と旅立って行ったMよ

ボクは
夢のお告げというものを
信じる人になっていた

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