〈千葉市詩話会  Booklet 8

詩話会冊子 8号より  ( 8-1  8-2

  
    

伊勢物語逍遥 (その二十)

         八十四 さらぬ別れ                      大掛 史子

 

男の身分は一向に低いままだったが
その母君は桓武天皇の皇女伊都内親王で
長岡という所にお住まいになっていた
子は京で宮仕えしていたので
母君のもとへ参上することも
たびたびは出来なかった
その上ひとりっ子であったため
母君は大変いとおしみいつも心にかけていらした
ところが十二月急ぎのお手紙が届く
驚いて開くと歌がある

老いぬればさらぬ別れのありといへば
いよよ見まくほしき君かな

私はすっかり年老いてしまい
避けられない永別というものがあると言います
それならば一層お会いしたいあなたですね

それを読んだ子は悲しみにくれ
急ぎ参る道すがら涙しつつ詠んだ

世の中にさらぬ別れのなくもがな
千代もといのる人の子のため

この世の中に避けられぬ永別などなければよいのに
千年も親に生きてほしいと祈る子の私のために

 

  

  

燃える月        秋元 炯

 

もうそろそろこの世も終わりが近いようだ
とんでもない疫病が流行って
二年近くも家に閉じこめられている
体も頭もネジが緩んできて
疫病にやられる前に 壊れ果ててしまいそうなんだ
そんなことを
膝に上がってきた猫に話していると

戻の外が何だか怪しい そう言って猫が騒ぐ
ベランダに出てみると
隣の洋館の塔の肩のところ
三日月が引っかかって
ふるえながら青い火をふいて燃えている
何だあれは
虎猫のウェイク ガーって吠える
すると月は燃えながらふらふらと墜落
情けない水音がして
どうやらうちの庭の池に落ちたらしい

急いで庭に下りてみる
水の底にブリキ細工みたいな三日月
かすかに青く光っている
月が天から落ちてくるなんて
いよいよこの世の終わりが始まったのだ
それからしばらく見ていたが
夜が更けてもそれ以上何も起こりそうになかった

次の日の朝
ごく普通に目が覚めたのだが
窓を見ると 空がもの凄いことになっていた
絵の具を何色も盛り上げて掻き回したような空
響き渡る轟音
月を失って空も壊れてしまったのかもしれない
庭に下りていくと
池から月の残骸はもう消えていた
その代り水の中から木が一本生えてきた
真っ直ぐに幹を伸ばした青黒い木
みるみる伸びあがり枝を広げ
たちまち辺りは夜のように暗くなる

真っ暗になって
昼なのか夜なのかも分からない
そのまま時間が随分経って
この世の終わりが来るのだと
ベッドで猫を抱いて丸くなっていると
生茂った木の枝の間から何か輝くもの
月が再生したのだろうか
だがよく見ると 光はあちこちから覗いている
枝の方々に金色の実が生り始めていた

きっとあの実の中のひとつから月が現れて
この世も平安を取り戻すのだろう
だが しばらくすると
金の実は次々に落下し始める
大きな金属音を立てて落ちてくる

そしてついに金の実は全て落ち尽くしてしまった

それだけではない
空を覆っていた青黒い木も枝の先から崩れ始める
黒い煤の塊となり 地響きを立てて降り注いでくる
降り積もる黒い煤
窓から見える辺り一面が黒く覆われ
隣の洋館も その向こうに見えた森ももう見えない
この三階のベランダのすぐ下まで
黒いもくもくしたものは盛り上がっている
だが ベランダに出てみると
嗅いだことのあるいいにおい 土のにおいだ
黒いものは土であった
肥沃な土がはるか遠くまでうねりながら続いている
そして その表面のいたるところ
ぼうっとけぶって見える
目を近づけると それは草や木の芽吹きだった
あらゆる種の植物たちが 伸びあがろうとしている
だが 何か足りない
緑のものたちが空に向かって手招きしている
すると はるかな空の端が赤く燃えている
朝日!
戴冠したばかりの王のように 
月を従え 誇らしげに登場してくる

  

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