千葉市詩話会5- 2    

            
「詩話会冊子 第4号」から(ページ 続)5-1・5-2 )

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 裂けた木
       根本 明

  

秋の午後、八幡宿に下車する
駅前は私が乗降していた半世紀前よりやや寂れているか
二年間、バスで埋立地の電線工場に通ったが
三交代労働と集会・デモに明け暮れる日々で
この町をまったく知らない
市原を歩き回りコンビナートの詩を書いてきたし
子とサッカー観戦に五井のスタジアムにも通ったのに
この駅には下車したことがなかった

海へと歩き出すとすぐ大きな神社がある
天平年間に創建されたという上総の国府総社
飯香岡八幡宮だ
参拝すると根元から二つに分かれて伸びる銀杏が迎える
幹が向かい合い夫婦和合の木とされる
しかし幹の先が折れて尖り
この地で裂けた私のこころに似て
なつかしく親わしい

運河に竿を傾ける老人たち
かつての海に拝跪するように動かない
この神社は浜が工場地帯となった今も
消し難い汐風を浴びている
コンビナートの土気色の陰影は人の寿命にまだ達しない
六百数十年の銀杏の睥睨の前では
はかなく淡い幻影だ

私の通った半島状の工場地帯が見える
作業服姿の半世紀前の私が
運河の光を薄く浴びながら首を歪ませている
喜びだってあったろうが
裂けた木の下で
忌まわしいこころをなだめよう

  

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晩 秋

    山本光一

赤に黄色に茶色
陸橋の階段下の
色づいた落ち葉の吹きだまり

あたしの人生の
吹き寄せられた落ち葉のような
死ぬまで忘れることのない
多くの思い出たち
その中に
いくつかの恋の思い出も

落ち葉の吹きだまりも
もうすぐ冬を迎え
落ち葉たちも
朽ち果てていくことでしょう

多くの思い出たちも
やがて朽ち果てていくことでしょう
けれど
思い出のいくつかは
詩という言の葉たちに
生まれ変わり
しばらくはこの世に
残ることでしょう

いくつかの恋の想いは
それぞれ色合いの違う球体となって
ふわふわ宙に浮かび
やがてあの世へと
あたしと一緒に帰ります

 

             

亡夫よ あなたですか
                村上 久江


誕生の息吹 わたしにもその日があり
大切に心の奥に仕舞ってくれていた父と母
すでに天に召されて

積み木くずしのように
親類・縁者も仏の名をいただき
熱い炎にたかれ
有るか無しかの魂となった

なりゆきのもの あるいは
血を継いだ者のなかに
うっすら影を落として
生まれ変わったか

生きたい まだまだ生きたいと
余命を宣告した主治医を困らせた亡夫
一周忌も過ぎた

小さな生まれたばかりのような蜘蛛が 時折
台所や居間に出てきて
しばらく遊んではどこかへ消える
すっと現れてはまた 部屋の隅へ消える蟋蟀

「亡夫よ あなたですか」
あなたが還ってきたかと思い声をかけてみる

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