「千葉市詩話会・冊子13号」 ( 10-1 10-2)
■ 新詩集&評
おさや川静子 「馬橇」
瞳の裏側にひそむ郷愁
いつかの鍵穴に小さなキーを差し込むと
道端の地蔵さんに隠れるようにして
編立の藁沓を穿いた童女(わらべ)にかえる
地蔵さんといっしょに待ちこがれた雪
降りしきる雪が視界をひとつにする頃
鈴を鳴らし客を乗せた馬橇が点になってやってくる
駅から湯の町へ、そして駅へと、雪に眠る田畑を巡りつつ
小川のメダカが目覚める頃まで
馭者と馬の吐く息が白く背中へ消えていく
客はひざ小僧を寄せ合って、車窓の雪と鈴の音に
心をあずけているようだ
とき折、馬を励ます馭者の声
ハイヨー ハイヨーッ
荒い呼吸、巨体から湯気が立ち昇る
雪の道を荒ぶれもせず幾度の道か馬は駆ける
ほの白く暮れていく湯の町
遠のいて行く鈴の音
天を散らしたように
とめどなく舞い降りる雪
岡田優子 「配分」
わたしの初めての赤ん坊は
重い病気だった
無力のわたしは
引き抜かれた草のように暮した
不幸(ふしあわせ)な赤ん坊が泣いている
月日はぱたぱたと
ドミノ倒しのように
去っていき
三月の
ひんやりとする風の中で
むかし赤ん坊だった息子が
暢気に煙草をくゆらしている
何とゆう幸せ
暢気に煙草をくゆらしている
何とゆう幸せ
目には見えないかみさまは
いつも側に居て
幸せと不幸
わけへだてなく配分して
くれている
去りゆく日
山本光一
多くの知り合いが手伝ってくれて
段ボール三十個分の荷物が
半日でまとまった
多くの人々の
寂しさを秘めた笑顔があった
三十七年間住んだ家を今日去る
茨城県から兵庫県へ
ここに戻ることはもうない
毎年育てていた庭の百合も
私たちを見送っているかのように
今年初めて咲いた
紫陽花の蕾の上にカマキリも来て
部屋の隅っこに
猫の毛や猫砂が少し
がらんどうになった家の中を
この家で飼っていた
見覚えのある猫が五匹ほど
私たちの方を向いて
くつろいでいる
白井恵子 「銀の飛行機」
七歳年上の姉は何よりも運転が好きで
遠視である
私は、田舎暮らしの必要に迫られての運転で
かなりの近視
姉に肺癌がわかったとき言ったのは
しまったもう一度青森に行っておけばよかった
幸い、病気を克服し、また運転ができてうれしいと
二時間の距離などものともせず
私の暮らす房総に遊びに来てくれる
姉の助手席で海や空
花や樹々の話をするのがとても嬉しい
ただ
どうも、見ているところがずれている
私は目の前の
姉は少し向こう
日頃の情けないことや、残念なことをもついぼそぼそ話すと
過ぎたことは、ごみ箱に捨てろと言ってくれる
いつも前向き
私は、後ろ向き
白内障と言われ、治療した
眼鏡なしで見る自分の顔にギョットしたが
窓の明るさに感動
私にも、見えなかったものが見えるだろうか
残念ながら、今のところ
お風呂場の汚れと
日常のつまらなさが鮮明になったくらいなので
目はどうとたずねてくれる人に
もごもごもごと返事をごまかしている
ある日、海岸で空を見上げていたら
窓から銀色の光が現れ
また雲のなかへ消えて行った
飛行機だ
ああ人は
あんなにも高いところをいくのだと
青い空の残像から目が離せない
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